見出し h1今月こ今月のんげつじゅう
今月のメッセージ
「おびただしい証人の群れに囲まれて」
ヘブライ人への手紙 12章1-4節
日本キリスト教会 教師 久野 真一郎
この地に福音の種が蒔かれ、根を張り、主の教会の群れが形成されていくことに仕えた先人たちの働きを想起しつつ、与えられていますヘブライ人への手紙によって、御言葉の導きに与りたいと思います。
はじめに12章1~2節を聴きましょう。「(1)こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、(2)信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら…」とあります。
この手紙の著者はまず「わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている…」と語りかけております。聖書協会共同訳はこのところを「私たちもまた、このように多くの証人に雲のように囲まれているのですから」と訳しています。原文にはこの訳のように「雲」という言葉が用いられています。この雲という言葉が比喩として用いられる場合には、おびただしい数の人々、群衆を表しますので、わたしたちの新共同訳では「おびただしい証人の群れ」として、その数の多さを強調したのでありましょう。
このことから、この手紙を受け取ったヘブライ人たち、すなわちヘレニズム・ユダヤ人キリスト者の群れの中にも、すでに召された兄弟・姉妹たちが少なくなかったのではないかと考えられます。その人たちは、この群れの人たちにとって、忘れがたい人たちであったでありましょう。ですからここで「雲のように、おびただしい証人」とは、旧約の時代の証人たちだけでなく、この手紙を受け取った教会のこれまでの営みの中にあって、信仰の馳場を走り抜いて先に召された、多くの証人たちもまた加えられていると理解することができます。ですからこの人たちに取り囲まれているということは、今というときを生かされているヘブライ人たちにとって、非常に大きな励ましであったに違いありません。
その意味において、先に召された証人たちは、11章4節に「アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています」とありますように、決して過去の人たちではないのであります。この群れに連なるわたしたちもまた、このような先に召された証人たちに囲まれております。すなわち旧約の時代、新約の時代と、それに続く時代を信仰によって生きた人たち、そしてわたしたちの教会の先人たちであります。やがてわたしたちも、備えられております信仰の馳場を走り終えて、先人たちの列に加えられ、あとに続く世代の人たちを見守り、励ますこととなるでありましょう。
わたしたちはなお旅の途上にあります。今想い起こされますことは、信仰の馳場を走り終えて、神の御手のうちに移され、わたしたちの歩みを見守っている多くの証人たちのこと、近しい兄弟・姉妹たちのことです。そして、彼らが味わった労苦、彼らが目指していた天の故郷、そして彼らがささげ続けた祈りを思います。今わたしたちは、彼らの歩みを引き継ぎ、さらに次の世代にその歩みを引き継ぐべく、御国への旅路を重ねております。わたしたちのこの歩みは、決して孤独な歩みではないことを、この日わたしたちは、御言葉によって聴きました。「おびただしい証人の群れに囲まれている」と聴くことができたのであります。この御言葉に励まされつつ、「彼らに続くわたしたちとしてください!」と、心から祈り求めたいものであります。